こんなお悩みはありませんか

会議で発言する順番が近づくと心臓が早鐘のように打つ。資料を配るだけなのに手が震えてしまう。電話が鳴るだけで身構えてしまい、出るのをためらってしまう――。こうした状態が長く続き、仕事や学業、人付き合いに影を落としているなら、それは「あがり症」、医学的には社会不安障害と呼ばれる疾患かもしれません。
緊張は誰もが経験する自然な反応ですが、この病気の場合は「失敗するのではないか」「変だと思われるのではないか」という恐れが強すぎて、本来できるはずの行動にブレーキがかかってしまいます。やがてその場面そのものを避けるようになり、仕事のチャンスを逃したり、友人との約束をキャンセルしたりと、生活そのものが小さくなっていくのです。
症状の現れ方には2つのタイプがあります。あらゆる対人場面で強い不安を覚える「全般型」と、スピーチや人前での食事など限定的な状況でのみ症状が出る「非全般型(パフォーマンス限局型)」です。
どの年代で多いのか
発症のピークは思春期、つまり中学生から高校生にかけての時期です。早ければ小学校低学年で兆候が見られることもあり、大人になってから初めて発症するケースは多くありません。
発症のきっかけはさまざまで、目立った出来事もなく徐々に苦手意識が育っていくこともあれば、人前での失敗体験を境に一気に症状が表面化することもあります。男女差については研究によって結果が異なり、はっきりとした傾向は出ていません。
どんなときに、どんな症状が出るのか
身体に出るサイン
- 顔やうなじが熱くなる
- 唾液が出ずに口の中が粘つく
- ふらつき・むかつき
- 急にお腹がゆるくなる
- 心臓がドキドキと鳴る
- 呼吸が浅くなる、息が詰まる感じ
- 喉が締まって声が出ない、声が裏返る
- 指先や膝が小刻みに揺れる
- 手のひらや脇に汗が噴き出す
苦手と感じやすい場面
- 朝礼やプレゼン、結婚式のスピーチ
- 会議室で議事録を取りながらメモを書く
- 取引先からの着信に出る
- 給湯室や休憩スペースでの何気ない会話
- 美容室で長時間向き合って話す
- 初対面の異性と二人になる
- ランチ会や接待など人と一緒の食事
あがり症の背景

あがり症がなぜ起きるのか、その理由はまだ完全には解き明かされていません。ただし、生まれつきの気質と、育つ過程で受ける影響の両方が組み合わさって発症すると考えられています。
人より敏感に物事を受け取る性質、言い換えれば脅威を察知する脳の働きが活発な方は、発症リスクが高い傾向にあります。一度強い恥ずかしさや動揺を経験すると、脳がその記憶を「危険なもの」として刻み込み、似た場面で同じ反応を繰り返してしまう――これがあがり症の根っこにある仕組みです。
脳の働きから見た原因
私たちの脳には、危険を感じ取ると警戒モードに切り替わる仕組みが備わっています。本来は身を守るために必要な機能ですが、あがり症の方ではこの警報が誤作動を起こし、人前に立つことを命の危険と同じレベルで処理してしまいます。結果として、心臓が高鳴り、汗が出て、逃げ出したくなるのです。
この誤作動の背景には、気分や意欲を調整するセロトニン・ドーパミンといった脳内物質の働きの偏りがあると考えられており、薬物療法もこの点に着目して行われます。
育ってきた環境
幼少期の経験も無視できません。子どもの気持ちを聞かずに支配的に接する養育、逆に過剰に手をかけすぎる関わり、感情を受け止めてもらえない冷たい家庭、人格を否定する言葉が日常的に飛び交う環境、家庭内の不和や暴力など――こうした体験が、人への安心感を育ちにくくし、後年のあがり症につながる場合があります。
あがり症治療について

あがり症の治療には、薬で症状をコントロールする方法と、心理的なアプローチで考え方や行動を変えていく方法の2つの柱があります。多くの場合、両方を組み合わせて進めていきます。
お薬による治療
お薬は、過剰に反応してしまう脳の状態を整え、不安の波を穏やかにする役割を果たします。中心となるのはSSRIと呼ばれる抗うつ薬で、神経伝達物質のバランスを整えて慢性的な不安を軽減します。突発的な不安には抗不安薬、動悸や手の震えなど身体症状が強いときにはβブロッカーが選ばれることもあります。スピーチの前など、ピンポイントで使う処方も可能です。
心理的なアプローチ
心理療法では認知行動療法を中心に取り組みます。「ちょっと噛んだだけで全員に呆れられた」「少し顔が赤くなっただけで終わりだ」――こうした極端な受け取り方が不安を膨らませている場合が多く、思考のパターンを丁寧にほぐしていきます。
同時に、苦手な場面を回避し続けるのではなく、ハードルの低いところから少しずつ経験を重ねていきます。「できた」という小さな実感の積み重ねが、過剰に反応する脳を落ち着かせていきます。
治療を進めるうえで意識していただきたいこと
- 早めの受診が回復を早めます
症状を抱えたまま時間が経つほど、回避行動が習慣化してしまい、改善にも時間がかかります。「ちょっと気になる」段階でのご相談が理想です。
- 一人で抱え込まないこと
医師、ご本人、ご家族が同じ方向を見て進むことで、治療の成果は大きく変わります。
- 完璧を目指さない
すぐに元気だった頃の自分に戻ろうとすると、かえって挫折感を抱きやすくなります。「今日はあいさつができた」「電話に1本出られた」、そんな日々の積み重ねを大切にしてください。
ご家族・周囲の方にお伝えしたいこと
あがり症で苦しむ方の多くは、「自分は弱い人間だ」「努力が足りないだけだ」と、誰よりも厳しく自分を責めています。そんなご本人に対して「考えすぎ」「気合いで乗り切れる」といった言葉をかけてしまうと、たとえ励ますつもりであっても、追い詰めてしまうことになりかねません。
何より大切なのは、これが本人の性格や努力の問題ではなく、治療で改善する病気だと知っていただくことです。専門の医師による診療を受けることで、症状は確実に軽くなっていきます。ご本人が一人で受診をためらっているようでしたら、「一緒に行ってみよう」と背中を押してあげてください。

監修医師:狩野 彩宏(阿佐ヶ谷メンタルクリニック)
医学部卒業後、大学病院・総合病院での精神科臨床を経て、当院を開設。地域の心療内科として、患者さまお一人おひとりに寄り添う診療を心がけています。